千石100年の庭と家

文京区は千石で、昔ながらの家と庭の残る暮らしを小さく続けるための試みです。

7月、千石の路上で

っっと、7月も終わりじゃないですか!

 

という定番のご挨拶は良いとして。この間話した祖母の四十九日があったと思えば、今度は父方の祖父が急逝しまして、田舎と東京を行ったり来たりしてました。その間に、千石では、前から素敵だな、と想っていた不忍通り沿いのお宅が壊され、マンションにとなろうとしています。

 

もともとわたしがこのブログをはじめようと思ったのは、こうしていくつかだけ残っている、木造の素敵な住まいを今に生きる形で残せないかと、他人ながらに感じたからです。それには、いなかの祖母の住まいのことがかかわっています。

 

祖母は田舎の本家の嫁で、祖父を亡くして数年後、火事でその家が全焼しています。次女だったうちの母は、よかったら一緒に住まないか、老後のこともあるから都会へ、と誘いました。でも頑として祖母はいなかにい続けた。そうして、80過ぎて一軒家を建て直したんです。その住まいは、いつも静謐に整えられて、本当に素敵だった。ああいう住まいがいま、なくなろうとしている。生活は、器によって変わるもの。だから、木造の住まいが亡くなったら、そこに紐付いた家事も身振りも、人間関係さえも失われてしまう。それは日本文化にとってあまりに喪失が深いのではないか、と思ったのです。

 

少し時が経ち、わたし自身の考え方も少し変わるようにもなっています。なにせ木造住宅は大変は大変だから。都会でのコンパクトな暮らしには、マンションのほうがあってるかもしれない。生活にかかる時間を減らしていくことで生まれる豊かさを、都会は享受するところなのかも。住まいよりも、そこに住んでいる人のこころが大事なのは言うまでもない。器が現代に合わなくなったなら、変わってしまうのも詮無いことかも。

 

答えが出てないまま、しばしさまよおうと思います。

 

そうそう、先日お話ししていたコンポストの講座で、「励ましあい会」がオンラインで結成され、みんなでちょこっとずつ悩みを共有したり、写真を送ったりしながら、植物を愛でる暮らしがはじまっています。都会で土を耕すことは、本当に本当に大事だと思う。この気候変動、食べもののこと、農家さんのことを思うと、自分で自分のものをつくれたらどんなにか安心か、とも。と、いいつつ、家事全般&植物いじりもそんなに得意ではないわたしのこと、今年はなんとかフウセンカズラさんが育ち始めたところ、なのですが!(半分は大家さん&ご近所さんがお水やりをしてくれているようなもの、、、!)

 

千石の路上をぶらりとすることがあったら、様々な植木鉢を眺めてみてください。存外楽しいですよ。