千石100年の庭と家

文京区は千石で、昔ながらの家と庭の残る暮らしを小さく続けるための試みです。

ローカルな場所としての東京

地方出身者として、東京に住みはじめてもうすぐ15年。途中、地元に戻ったり、横浜に住んだりと中断はありますが、学生時代に自分をつくりはじめるきっかけになったのがこの街で、自分で選んでここにいるので、悔いはありません。実は二回だけ、「東京を離れる?」という機会があったのですが、どちらも戻りませんでした。

 

一度目は震災すぐあと。当時、福島第一原発事故からの放射能を心配して、特に海外からの情報が早かった親友から、「一緒に、数日間でも西に逃げないか」と連絡が来ました。すこし考えましたが、育てる子どももおらず、社会との接点はメインが職業。公的な仕事に就いており、この土地の人のために献身する、という明確な目的が与えられていたのは、当時の精神的な健康のためにとてもよかったと思います。

 

二度目は、働いていた職場が地方に移転したときでした。そのときは随分未練もあって、半年近く、どうしようか、行ったり来たりでできないか、など夫にも相談しながら逡巡しました。小さい会社で、新しい試みができることもわかってたし、何より、一緒に働いている人たちのことも、やっている仕事も大好きだったから。2拠点で働けるほど、器用でも体が丈夫でもなかったし。でも、おかげさまで小さい時夢見たごとく、東京に籍がある人と結婚することができたし、自分にとって一緒にいたいのは家族だな、というのを、夫と、生まれる前の娘とが思い出させてくれました。

 

と、いうのは実生活上の話なのですが、そうした実際上のこととは別に、「ローカルな場所としての東京をずっと、見ていたい」という気持ちが確かに、ずっと、あります。二度目のときは仲間に「小文字のtokyoが好きだから」と言ってました。グローバルな都市、観光拠点、経済の中心地としてのTOKYO、ではなくて、生活者の東京、そこにずっと生き、死んでいった人たちの残していった東京、各々が自分の暮らしを営む場としてのtokyo。いろんな本や物語の影響はありますが、先日小沢健二のライブにいって、あー!このアイデアも彼からもらってたんだ! と気づいたのです。よかったら読んでみてください。

 

◎東京の街が奏でる(公式サイト、2012年のコンサート開催にあたって書かれた文章)

 

 

小沢健二のサイト上や連載「うさぎ!」、ライブでの朗読には、ローカリティというのが一つのテーマになっていると思います。彼らしい独特の言い回しですが、ヒントはそれこそ山のように詰め込まれています。それこそ小学生の時から、ずっとずっと小沢健二を読み、聴きして育ったので、今回みたいに、自分の底の方のアイデアに自然と入っていたのかも、と思うぐらい。

ほかにも、東京出身の人が近い範囲にとても多いので、「ローカルな場所としての」にすごく馴染みがあるのかもしれません。と、いえば、東京人からみた東京の傑作エッセイがあるので、その話はいずれまた。