千石100年の庭と家

文京区は千石で、昔ながらの家と庭の残る暮らしを小さく続けるための試みです。

一粒で二度美味しい街(商店街のこと)

お話しした通り、うちにはちっちゃな娘がいます。子どもといて何が変わったか、その大きなものは、行動半径かもしれません。

 

以前は、電車を乗り継いで会社に行くのはもとより、休日ともなれば、素敵なカフェや劇場、美術館巡りに精を出していました。東京のどの街にも素敵な場所があり、そこかしこに足を運べるのが、都市生活者の醍醐味だな、なんて思っていたのです。

 

しかし。子ども、それも、歩き始めたばかりから、学校に上がる前の子どもがいると、そうはいきません。

 

赤ちゃんのころは抱っこでひとっ飛びできても、一度歩けるようになれば、もう彼女の「歩きたい」があります。この横道のレンガに上がってみたい、みたことない花が咲いている、あれはなんだろう。かくして、5分の道のりは10分、20分となり、時には、帰り着いたと思ったら「もっと散歩!」と連れ出されることもあります。時間通りには動けないし、km単位の移動距離は、かくして数十m、数百mになりました。元気ざかりの子どもといれば、遠くまで行くのはそれだけでしんどいとわかりました。

 

そんなとき、商店街は、子どもと親の味方です。

 

小さなお店が軒先を並べていれば、そこには店主、お客さん、商品、それぞれの人やもののエネルギーがあります。子どもは、動くもの、生き生きしたもの、エネルギーがあるものが大好き。一軒一軒見どころがあり、ささいな距離でも満足感があります。ましてやお店番のおじさんおばさんたちと話せたら、もう。「大変ね」「可愛いね」と言われれば、「そうか、目の前の『夕飯作らなきゃ』でいっぱいいっぱいだったけれど、うちの子は可愛かったな」と思い出し(!)そしてそこがお店なら、こちらは夕飯のお買い物や、ちょっとしたお使いごとで、一緒に家事もすませられちゃいます。毎日近所を通っていれば、どこのだれ、とわかってきて、「大きくなったね」と声をかけてくれることも。ましてや「うちの孫にはこれ小さくなったんだけど、いらない?」と、おさがりものの交換が起きたり、「つい最近同じぐらいの子が越してきたわよ」と、人のネットワークすら生まれてくる。子どもにも満足、大人にも満足、お買い物とコミュニティづくりの両方ができる場所、それが個人商店であり、商店街の魅力なのです。

 

これが、マンションやアパートの立ち並ぶ界隈だと、そうはいきません。21世紀のプライバシー感覚をもった私たち、たとえ子どもが庭先の花をさして「あれ可愛い!なんのお花?」といったところで、呼び鈴押して「ちょっとおたずね」とは言いづらい。そしてセキュリティは堅牢で、立ち止まっていると怪しまれることすらある。かくて親子は、なんとなく肩身の狭い思いを、それと知らずに感じることをを余儀なくされます。

 

では、ことは個人商店に限るのでしょうか? ファストフードやチェーン店、コンビニではいけないのか? もちろん、「ファストフードは体に悪いから」とか、そういうジャッジではありません。多様性という観点からして、お店が様々あればあるほど、選択肢とコミュニティの幅が広がる、それだけの話しです。もっといえば、同じファストフードやコンビニだって、店員さんが生き生きしててとっても話しやすいところもあれば、マニュアル対応にこっちだって疲れちゃうものもあります。個人商店には、人が変わらない=一度できた関係性が崩れにくいという利点もありますしね。

 

個人的には、こうしたお店が1階であることも重要だと感じています。どんなに文明が発達しても、子どもと歩くのは地面だから。これは、「子ども」を「高齢者」「障害や病気を抱えたかた」など、すべての弱者に置き換えても変わりません。街の彩りが豊かになれば、いつもの日々が楽しくなる。

 

そうそう、個人商店といえば、ご近所の魚屋さんで、4/22(日)11:00 にガレージセールを行います。場所は、千石4丁目の、創業100年近い魚屋さん・魚留さん。美味しい手作りサータアンダギーやクッキー、衣料品に、今回は掘り出し物の家具なんかも出そろいますので、お近くの際はぜひ。この日はコンポスト講座もありますから、千石1日散歩もおすすめです。お昼はぜひ、おとなりのお蕎麦屋さん、ひぃふぅみぃさんでね。