千石100年の庭と家

文京区は千石で、昔ながらの家と庭の残る暮らしを小さく続けるための試みです。

千石の「よさ」、東京の「よさ」

前回からすごく時間がたっちゃいました。その間の出来事はいずれ書くとして。

 

わたしの住んでる千石は、、といっても、「千石? えっと、千駄木?」とか「両国?」といわれることも多い、どちらかというとマイナーな地域です。東京出身の方でも、知らない方が多いのではないかしら。

正体は、文京区は豊島区巣鴨や大塚との隣接地帯。面積は割と広く、いくつかの町をあわせて「千石」とよびはじめたので、4町内もそれぞれに彩が違います。土地の人だけが知る、味わい深い風土が残ってるように感じます。

 

というわけで今回は、引っ越してたった1年のわたしがみた、うちの地域の感想をば。

◉人が優しい、昔からの方が多い

 とにかくこれにつきます。小さな子と道を歩くと声をかけられる、のはどの町でも同じですが、千石ではとにかく、家を出て、黙って帰宅したことがありません。いつもなじみの方とおしゃべりしたり、公園でおばあさんの子育ての話をうかがったり。そうすることで、日々のふさぎこんだ気持ちや悩みから、ふっと解放されていることに気づきます。それというのも、昔からずっと住んでいる方が多いから。お互いが見知っている安心感から、わたしたちのような新しい家族も受け入れてくださるように思います。 

 半年前に、1歳の娘を連れて、明治神宮で行われた結婚式に参列しました。着物で子どもづれはそりゃもう大変で、汚すひやひやに道を迷う不安、荷物は重いし電車はぎっしりで子どもと耐えるように帰ってきたのですが、うちについた瞬間、通りすがりの見知らぬおばあさんに

「あんた、綺麗だよ。(赤ちゃんづれなのに)がんばってるね」と言われたとき、思わずほろりとしてしまいました。帰ってきてよかったな、と。

そういう、肩肘張らないよさがあります。

◉「すきま」がある

ここ千石には、そこかしこに、ちょっとした路地や空き地が残っています。低階層の家が多いので、東京でも空は大きく見えるし、ある人いわく、あそこだけ戦前の空気がまだある、と。

子育てをはじめるまで気にもしなかったのですが、とくに子どもにとっては、空いたスペース、空間がとても大切です。「遊ぶ専用の公園」でも、「入ってはいけない誰かのおうちや公共空間」ではない、名もない空間が好奇心をくすぐり、自分の場所という愛着を持つような。車の入れない横道で遊んだり、野球やゴルフの練習をしたり。近年のグローバル都市が失いつつあるそうした「余裕」がまだ生きている土地なのです。

 

◉東京、江戸の原風景が残っている

 東京は、スクラップアンドビルドの都市。明治の御一新後、関東大震災で江戸につながる多くの風景は失われ、永井荷風がそれを惜しんだといわれています。そして先の大空襲で大半が焦土になり、近くは高度経済成長期の再開発で、何度もその風景は失われ、更新され続けてきました。

 ところがこの千石から巣鴨にかけての地域は、少し事情が異なります。

 まず地盤が固い。関東大震災でも、いくつかの建物はそのまま残りました。巣鴨駅近くの老舗のお茶屋、冠城園のおじさんによれば、震災被害が奇跡的に少なく、冠城園では避難者にお茶をふるまったとか。わたしの住んでいる長屋も震災前から、大家さんが丁寧に維持管理を続けてきたお家です。

 そして、東京大空襲でも、焼け残った区画があります。千石の建具屋さんのおじさんによれば、板橋まで焼け野原になったなか、風向きの関係で、千石から巣鴨にかけての一筋だけ、ずっと建物が残っていたそうです。

 そうして、生き残った建物たちは、何より、いまも現役の住まいやお店として、しっかりと生きています。博物館的な鑑賞の対象ではなく、誰か個人が愛し、暮らしを支える家として。江戸の庶民が普通に暮らしていた「暮らし」が、そのかたちを大きく変えながらも今に生きる様子を、お家それ自体が伝えてくれるのです。

 千石に隣接した巣鴨はまた、江戸時代、植栽の職人街でした。当時の江戸は、植物学や栽培について世界一の技術を誇っていました。その気風があってか、ここらあたりの住宅は、どんなに小さなお家でも、お花や植物をとても大切に育てているのをよくみます。

 そもそも東京は、お雇い外国人が「大きな田園」と評したように、都会の中でも自然と共に生きる人々の場でもありました。ロンドンやパリといった西欧近代都市が、繁栄の影でスラム街の悪臭や浮浪者の発生に悩んでいた頃、東京は、隅々まで人々が緑とともに生き、夏は蛍に冬は雪、茅葺き屋根と立ち並ぶ木造建築の美しさは、外国人旅行者を驚嘆させました。ここに住む人々は、とりわけ子どもたちは、本当にしあわせそうにみえる、と。

 

 巣鴨・千石は、わたしたちの祖先がもっていた東京のよさーー自然と暮らす営みに満ちた智恵を、いまに受け継ぐ智恵の場なのでは、そう、考えるようになりました。都市論の分野では、東京は他の先進諸国ない独特の「よさ」があり、多くの研究者により語られ、観光客を引きつけ続けています。そうした観光資源的な「よさ」の秘密も実は、こうした、「暮らしと自然」との隣接性にあるのかも、と思います。

 

実は、住んで1年の新米のわたしが、千石のよさについて語るなんて、と臆してなかなかかけずにいました。でも、外からきたからこそ、わかるよさもあるかもしれない。そうした「よさ」を、どうやってわたしたちの世代、そして次の世代につないでいけるか。いまぼうっと考えているのはそのことです。