千石100年の庭と家

文京区は千石で、昔ながらの家と庭の残る暮らしを小さく続けるための試みです。

はじめに

お世話になっているお姉さんが、「文京区でいろんなことをしてる人たちが集まっているから」と、夏のはじめに会議に招いてくださいました。そこでお話ししたことを。

 ◉自己紹介

遠藤ともうします。1985岐阜生まれ、主婦。現在、文京区は千石4丁目に住んでいます。家族は夫と、10月に2歳になる娘ひとり。千石に残る古い長屋(築100年!)に、昨年からお世話になっています。

 ◉千石との出会い

岐阜は美濃焼の産地に生まれ、明治文学好きだった小学生の頃から「いつかは文京区の長屋で、着物で暮らすんだ」と言ってました。上京10年、うち半分が文京区。

長屋で着物は叶いましたが、肝心の文京区の明治ゆかりの風景が消え去りそうな現状にびっくり。昔からある商店や木造家屋が、次々と高層マンションに建て替わっていきます。高度経済成長以降失われた下町の風景は、そのまま、人間が自分の足で赤ちゃんから死ぬまで歩いて暮らせる、「ふつうのひとの、あたたかいふつうの暮らし」の喪失になるのでは? 

世界にまれな田園都市だった東京の魅力は、大都市であることだけでなく、そこに生き生きと、細やかに暮らす人々営みあってこそ。今わたしが体験している木造家屋の暮らしは、そのまま、「何かあったらちょっと顔見に」「おたがいさま」でつながれる、理想の子育て環境でした。

緑と昔ながらの風景を大事にすることが、そのまま、ここに生きる人々の幸せに繋がるはず。そんなわけで、「千石100年の庭と家」と称して、この街の風景と暮らしを未来につなぐため、なにか少しでも、お手伝いができれば、と思いはじめました。

◉今やりたいこと

 千石に残る昔ながらの木造建築に、再び若い人たちが集まり、商店街にちいさなお店がきらきらと立ち並ぶ暮らしをつくれたら。そのために、大家さんと、そこに住みたい人、住むことにまつわる職人さんたちをつなげる活動ができないか、と思っています。わたしにできることは、歴史を学ぶことや、文章を書くこと、、ぐらいだけで、すべてはこれからです。自分の手で接する範囲内に限りたいので、千石3、4丁目で多分、一生、手いっぱいでしょう。高齢化とオリンピックという2大要因がたちはばかる現在、この5年、今後10年が勝負です。専門知識や智恵のある方のご意見を伺いつつ、おんなじ区の仲間とよく話しつつ。ここに昔から住んできた方の思いを、大事に次の世代につなげられたら、と思っています。